こんにちは、LDLです。
4月の更新では、2月に続いて「広角打法」をテーマにして簡単なデータ分析をしてみます。
前編では、諸説ある広角打法の定義を
①逆方向に強い打球を打てること
②コースに逆らわず打てること
③あらゆる方向に万遍なく打てること
の3パターンに大別し、Hard%等の一般人が無料でwebから取得てきないデータが必要な①は除外し、②について打率との相関を検証しました。
後編では、②にもう少し踏み込みつつ、③について検証していきます。最後まで読んでいただけると嬉しいです。
それではいってみましょう。
②において、凡打も含めるとどうなる?
②について、前編では安打のみを対象として打率との相関を検証しましたが、残念ながらこれといった相関は認められませんでした。では、凡打を含めるとどうでしょうか?
というのも、安打の打球方向はあくまで結果であって、意識とは必ずしも一致していません。右打者が思い切り引っ張ったようなマン振りをしているのに、打球は逆のライト前、なんて光景は普通に見られますよね。
もし打ったのが外角の球であれば、前編の分析におけるSH指数は「コースに逆らわない打撃」として高くなるのですが、それは結果的に「そうなった」だけであり、「しよう」とはしていません。
私はエスパーではないので打者の意識まではわかりませんが、あくまで主題である打球方向にのみフォーカスするのであれば、凡打も含めて母数を増やしてやることでより「打ち分ける」技術や意識に則したものが見えてきそうです。
具体的な分析方法は以下の通りです。
前編と異なり、コースに応じた打撃における打率といった、スコアの重み付けの根拠になりそうなものが思い浮かばないので、シンプルにコースに応じた打撃を+1、逆を-1、それ以外を0として、フィールドかスタンドに飛んだファウルを除く全ての打球を対象に積算し、その平均値を指標として採用します。※
例えば、右打者が4打席立って、下記のような結果であれば…
1.外角(打者から見て右)の球を右飛 ⇒+1
2.内角の球をライト前ヒット ⇒-1
3.真ん中の球を一ゴロ ⇒ 0
4.内角の球を遊飛 ⇒+1
計4打席で合計値が+1なので、指標(以下ではSH指数aと呼称)は1/4=0.25となります。ヒットでもマイナスになったり、内野フライでもプラスになるのが前編で設定したSH指数と大きく異なる点です。
さて、このような計算を、前編と同様に2022年レギュラーシーズンで規定打席に到達した全ての打者を対象に行い、散布図にプロットしてみます。それがこちら。
なんとなーくですが、正の相関がありそうな雰囲気を感じますね。四隅の特異点的な選手を除けば、結構それっぽさがあります。このグラフはExcelで描画しているのですが、その機能で自動的に追加した近似直線も正の相関がありそうなことを示していますね。
ちなみにこの特異点的な選手は、打率からしてだいたい察しはつくと思いますが、右上が首位打者に輝いた日本ハムの松本剛選手で、左上は先日のWBCでも大活躍したボストンの吉田正尚選手です。
続いて右下は楽天の西川遥輝選手で、左下は元西武のオグレディ選手です。ともに逆方向にも打球が飛んではいるのですが、その打率が.120、.071と振るわず。トータルでハイアベレージを残した松本選手と吉田選手はそれぞれ逆方向にも.364、.259と打てているので、その差異は興味深いです。
③:均等に打ち分けると打率は上がるのか?
最後に取り扱うのはこちらのテーマ。
一般的なデータサイトやweb記事では、打球や安打の方向を大まかに左・中・右の3方向に分けてその比率を掲載しており、それが均等であるほど「広角に打てている」と評しています。ここでは、それが打率とどのような関係があるかを調べていきます。
では何をもって均等とするかというと、わかりやすさを重視する当ブログでは、数学で習う標準偏差を使います。標準偏差とは「バラバラ具合」を数値化したもので、対象となるグループの性質がバラけているほど、数値は大きくなります。逆に、均整が取れていれば数値は小さくなります。義務教育で習う概念ですが、忘れてしまった方は、良い機会なのでこちらで復習してみてください。
今回は、左(三遊左)・中(投捕中)・右(一二右)に飛んだ打球の比率の標準偏差をそのまま指数(以下SH指数b)として計算し、打率と絡めてグラフにプロットすることで相関を見ていきます。SH指数bの定義は下記の通りです。
例えば、右打者で打球方向が左50%、中30、右20%だとしたらSH指数bは0.125となります。全て均等に33%ずつですと、0になります。繰り返しになりますが、数値が低いほど均整がとれている、この定義で言うところの「広角打法」を実践できた打者ということになります。本当は逆数にしたかったのですが、オール33%の打者が実在した場合、分母が0になり値が無限になってしまうので、やめました。標準偏差はExcelのSTDEV関数でも一瞬で計算できますので、お試しください。
それでは早速グラフにプロットしてみましょう。
これまでと同様に、2022年のレギュラーシーズンにおいて規定打席に到達した打者を対象として、横軸をSH指数b、縦軸を打率としてグラフ化してやります。もし「打球方向が均等に近ければ打率が上がる傾向がある」ことが正しいとすれば、右肩下がりになるはずです。
結果はこちら。
本当にうっすらですが、近似直線の傾きが示すように右肩下がりになってはいますね。ただこれだと傾向と言い切るには弱いので、試しに対象を安打のみに絞ってもう一度出力してみます。
その結果がこちら。
全打球を対象としたものよりも、かなり明確な傾向が表れましたね!当たり前のように聞こえるかもしれませんが、安打の方向は偏るよりも、均等に分散している方が打率が高くなりやすいと言ってもよいと思います。
その原因として考えられるとすれば、やはりシフトでしょうか。
前述の通り、打球方向が偏る打者は、その方向に野手を寄せられることでヒットゾーンが狭まり、打球が抜ける確率はどうしても下がります。それが、均等な方向に安打を放てると認められれば、シフトはかえってヒットゾーンを広げるだけの愚策になりますので、守備側もシフトを敷くことはありませんからね。
まとめ
前後編にわたりお送りしましたが、いかがでしたでしょうか。
このデータ分析を始める前は、個人的には②の仮説を有力視していて、実際にコースに応じた打撃は安打になりやすいことも示せたことは満足しています。ただ、やはり打撃というのはそんなに単純なものではなく、安打になるかどうかは打球の速さはもちろん、高さや球種といったパラメータも影響してくるので、明確な相関と言うには数歩及ばず。一筋縄ではいきませんでしたね。でもそこが野球の奥深さであり、面白いのです。
それに、もしコースに応じた打撃に忠実すぎる打者がいたら、守る側としてはバッテリーがしっかりコースを突きさえすれば打球方向を制御できることになるので、かえって守りやすいですよね。だから、ときにセオリーに反する打撃をも可能にする打者こそが、ハイアベレージを残せるのかもしれません。
また、③についてはこれはこれで個人的に納得感がありますね。今回使用したデータの中にシフトの細かいデータは入っていないので仮説の域は出ませんが、広角に安打を放てるということはシフトを敷かれにくいため、それだけでアドバンテージになるということだと解釈しています。
以上を踏まえると、②と③のどちらかといえば③の定義の方がしっくりくる印象となりました。安打の方向が均等な打者は、例えアベレージが低くても伸びてくる可能性がありそうなので、今後ファーム等でチェックしていきたいと思います。
公開データがなく①の分析が置き去りになってしまったのが心残りですが、そこはいつかヤクルトさんのホークアイのようにNPBやどこかの球団がやってくれるのを楽しみにして、今回はおしまいにしたいと思います。
さて次回のテーマは、私がTwitterで常々主張していて、辻前監督も解説で仰っていた「松本航投手はカーブをもっと使うべき」が論理的に正しいのか検証すべく、「緩急の有効性の定量的な評価」を予定しています。
まだ何もデータ分析に手を付けていないので、結果如何では翻意するかもしれませんが、お楽しみに。