どうも、LDLです。
前編に続き、東京ヤクルトスワローズさんが公開してくださったホークアイのデータを活用し、コピペとExcelだけで遊んでみたという記事になります。前編では回転数と初速・終速の相関について調べてみましたが、後編では回転軸の傾き・回転数とホップ量の相関について、データをもとに検証してみたいと思います。
ノビのあるストレートとは
野球の中継でよく「スピードはそこまで速くありませんが、打者の手元で伸びていると思いますよ」なんていう実況を耳にしますよね。人によっては「ホップする」なんていう表現も使います。このブログをご覧の方はデータが好きな方でしょうし、そのあたりのからくりはよくご存じだと思いますが、一応ご説明しますね。「そんなん知ってるわ!」という方は読み飛ばしてください。
さて、この「ノビ」の正体を知るには、まず変化球の原理を理解する必要があります。ボールに回転を与えることで軌道が変化する、というのは野球に詳しくない方でも感覚的に理解されていると思いますが、回転運動と並進運動を結びつけているものは何なのでしょうか。
それはマグナス効果というやつです。マグヌス効果と言う方もいらっしゃいますね。流体力学で習う用語で、ググればたくさんの文献が出てきます。
細かくご説明すると質量保存の法則だの偏微分だのベルヌーイの定理だのという頭の痛くなりそうな単語を使わないといけないので、ここではかなりざっくり「一定の流れの中では、速度が上がると圧力が下がり、速度が下がると圧力が上がる」とだけ覚えておき、下の図をご覧ください。スライダーを投げた右投手と捕手を上から俯瞰したものです。
右投手から捕手にスライダー、すなわち反時計回りのサイドスピンをかけたボールが投げられると、空気そのものは静止しているとみなせば、ボールから見て空気は前から後ろに流れます(水色の矢印)。
さらにボールの表面に着目すると、わずかな粘性を持つ空気とボール表面の摩擦により、左側ではベルトコンベアのように空気が運ばれ、加速します(赤の実線矢印)。一方、右側では回転方向が空気の流れに正対するので、減速して遅くなります(赤の破線矢印)。つまり、ボール表面の左右で空気の流れる速度に差が生じるわけです。
前述の通り、流れが速いと圧力は下がり、遅いと上がります。つまり、流れの速い左側は圧力が低く、遅い右側は圧力が高くなります。その圧力の差がマグナス力であり、ボールを左に曲げる推進力になるのです(緑色の矢印)。
そして、基本的に回転数が上がるほど速度も上がり、圧力差も大きくなり、最終的に変化量も大きくなります。変化量に与える要素は、並進運動によりボールが正面から受ける空気抵抗やボールのスピード、縫い目の向き等色々あるので、すべてに当てはまるわけではありませんが、以下を読み進めるにあたってはこれくらいの理解で十分です。
さて、変化球の原理がわかったところで、次は本題のストレートです。先ほどはスライダーを説明するために俯瞰した図を使いましたが、俯瞰だとストレートの回転は表現できないので、今度は投手と捕手を横から見てみます。
ストレートはバックスピンをかけるボールなので、マグナス力は上向きにかかります。仮に平均速度150km/hの無回転ボール投げたとしたら、空気抵抗を無視すればミットまでの到達時間は約0.44秒で、自由落下で約1mも落ちてしまうわけですから、それをまっすぐに見せてしまうマグナス力、すごいですね。
これが「浮き上がる」ための原動力となるわけですが、残念ながら実際にボールがホップすることはありません。どんなに速いボールであっても、投手の手から放たれて捕手のミットに収まるまで、モロに重力に引っ張られて垂れてしまいます。「ストレート」といっても、横から見ると実際には真っすぐの軌道ではなく、ごくわずかながら弧を描いています。それはあの藤川球児投手やアロルディス・チャップマン投手であっても例外ではありません。
しかし、強い回転をかけ大きなマグナス力を付与することにより、重力による落下を抑えることはできます。回転数に起因する軌道の差異を示した模式図をご覧ください。
同じスピードであっても、回転数を増やすことで大きなマグナス力がかかり、相対的にボールを高い位置に到達させることができます(紫のライン)。これがいわゆる「ノビのあるストレート」の正体というわけですね。普段の軌道に慣れていたら、相対的に浮き上がるように見えるわけです。
回転数は揚力(マグナス力)にどの程度影響しているのか
これまで変化球の原理について長々と述べてきましたが、これらはあくまで一般論です。前編で、プロの解説者も口にする「回転数が多いストレートは減速しにくい」という言説はどうも怪しい、ということはご紹介しましたが、同様に回転数と変化量の関係についてもホークアイのデータを元に検証してみたいと思います。
もちろん、様々な研究で裏付けられてることだとは承知していますし、すでに記事もたくさんありますが、結果だけ示されて「はいそうですか」と納得できないタイプの人間でもありますので、実感を得るためにも実データを使って検証したい、という意図です。事実として変化球が存在している以上、回転によってボールの軌道が変化していて、相関があるのは明らかですが、「どのような」相関があるかはよくわかってないですしね。シンプルに比例するかもしれませんし、一定値に漸近するかもしれません。そのへんも、実データから明らかにしていきましょう。
検証の手順は以下の通りです。
①回転軸の傾きから、マグナス力のホップ成分を計算
前述の通り、マグナス力は回転軸に対して垂直方向に働きます。ゆえに、回転軸が水平から傾くと、ホップ成分が減少し、水平成分が生じます。下図の通り、多くの場合は利き手側に傾くため、個人差はあれどシュート成分が発生するのです(黄色矢印)。
ホップ成分とシュート成分は、簡単のため三角関数を使って分解します。高校数学で慣れ親しんだ三角関数においては、角度は右の線から反時計回りで増えていきますが、今回は投手視点で考えてきたので、上の図のように反転させて捕手視点にして、見通しをよくしました。
この図から、マグナス力のホップ成分は以下の式で与えられます。
今回は簡単のため、かなり無茶ですが単位とか一切無視して回転数=マグナス力とするため、これでホークアイのデータを元にホップ成分の力が求まります。あくまで相関を求めることだけが目的なので、単位を厳密に考慮する必要はないのです。
②到達時間と縦の変化量から、縦変化の速度を計算
次にホップする速度を求めます。
「すでに縦変化量は出てるんだから、そのまま比較すればいいじゃん」と思うかもしれませんが、同じマグナス力がかかっていても、ミットに到達するまでの時間が違えば、力がかかる時間も変わりますから、当然変化量も変わってきます。
そこを平等に評価するために、縦変化量を到達時間で割る必要があります。投手から捕手までの距離である18.44mを、初速と終速の平均で割ることで、仮想的な到達時間を求めてやります。
以上のようなデータ処理をホークアイのデータに対して行い、整理したものが下の表になります。黄色がホークアイのデータで、オレンジがそれを元に追加したデータです。各パラメータの読み方や変化量の基準点ついては、スワローズさんの公式HPの解説を直接ご参照ください。
③ホップ成分と縦変化の速度を散布図にプロットし、相関を確認
最後に、仮想的なホップ成分のマグナス力を横軸、縦変化速度を縦軸にして、散布図を描画します。それがこちら。
いかがでしょうか。
こうしてみると、3人くらいの投手を除けば、だいたい同じ直線上にプロットされている、すなわち、「回転数が多く、回転軸が水平であるほど、ボールは垂れにくくなる」と言ってよいのではないでしょうか。回転数と回転軸の傾きから求めた仮想マグナス力と縦変化速度は線形である、といっても差支えなさそうです。
前編とは異なり、さすがに学術的な研究もなされてきた分野だけあって、かなり信頼してよい定説だったようですね。
おまけの考察
では、この中で特徴的な投手をピックアップして見ていきましょう。私はスワローズのファンではなく的外れな考察になってしまうかもしれませんので、もしスワローズファンの方がいらっしゃったら、コメントやtwitterのリプライ等でご感想を頂けると嬉しいです。
ここでピックアップするのはこの6投手です。
梅野投手・サイスニード投手
仮想マグナス力と縦変化速度の2トップです。ストレートの初速はチーム内で中位程度ながら、奪三振率はそれぞれ10.03、9.04と高く、1イニングあたり平均して1つ以上の三振を奪えています。
奪三振能力はストレートの良し悪しだけでなく、緩急や球種の多さといった様々な要素が絡んでくるものですが、それらも良いストレートがあってこそ相乗効果を生むものですから、両投手ともに回転が多く軸も並行に近い、理想的なストレートを投げているのかなと思います。特に軸の向きは、補正係数を見ていただくとわかるように影響が大きいので、今後選手データを読み解く際には単純な回転数以上に注目すべきポイントかもしれませんね。
石川投手
次に目を引くのが、日本シリーズでの味のある好投も記憶に新しい、レジェンド・石川投手です。回転数自体は2245でありチーム内中位程度なのですが、回転軸が118.7°と最も垂直に近く、いわゆるシュート回転しているボールになります。実際、横変化はチーム平均の-35.6cmに対して2割以上も多い-44.9cmもあります。ファンの方はご存じだったかもしれませんが、あまりそんなイメージはなかったので、正直驚きました。その結果、マグナス力のホップ成分・縦変化量ともに大幅に落ちて、グラフの左下にプロットされることに。
シュート回転というと悪いものととらえられがちですが、一概にそうとも言えず、例えば右投手が右打者のアウトローにストレートを投げるといった攻めの基本となるシーンで甘く入る原因となるため、悪く言われやすいのだと思います。伸びるボールがフライになりやすいのであれば、伸びが中途半端なボールは芯でとらえられやすく、長打にもなりやすいわけですしね。石川投手の場合、代名詞でありシュートと同様に利き手側に曲がるスクリューと巧みに使い分けることで、打者を幻惑しているのではないでしょうか。
ストレートの使い方の一つに高めの吊り球というのがあり、縦変化が少ないのでその用途にはあまり向かないかもしれませんが、それを必要としない高い制球力に裏打ちされた投球術により、一般的に欠点とされるシュート回転を武器にしているのかもしれませんね。意図していないシュート回転は悪癖ですが、軌道を理解して使いこなせば立派な武器になりえるということです。
スアレス投手・杉山投手・大下投手
この3投手は、フィッティングしたラインよりだいぶ下に位置している、すなわち「ストレートが回転数・回転軸のわりに縦変化していない」投手になります。これまでの考察では回転数と回転軸の傾きが縦変化を決める要素である、という結論に至りましたが、そこから外れるということはまだ別の要素があるということですね。
そこで真っ先に思いつくのが、縫い目の向きです。ここまでずっと「ストレート」という表現を使ってきましたが、現代野球では縫い目の向きによってフォーシームとツーシームに大別されますよね。ホークアイのデータでは全て「ストレート」と記載されているので、そこが厳密に分けられているかは定かではありませんが、もしかしたら縫い目に対して対称な回転をする”きれいな”フォーシームと、そうでないものや場合によってはツーシームが混在しているのかもしれません。マグナス力はボール表面と空気の摩擦によって発生するので、縫い目の向きが大きく影響するのは想像に難しくありませんよね。
前編で述べた通り、ホークアイはカメラで撮影した画像をもとに各種パラメータを算出しているため、縫い目の向きも当然把握されているはずですが、このあたりは今後のアップデートで言及されることを期待しましょう。
この3投手が狙ってこのようなボールを投げているのかどうかはわかりませんが、仮にバットの上を通って空振りを奪えるような"きれいな"ストレートを目指しているのであれば、握りを少し見直すだけでも何か変わってくるかもしれませんね。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
スワローズさんがこんなデータを提供してくださったおかげで、なんとなくわかったような気になっていた定説を、実データに基づき検証することができました。それもコーディングなんて一切せず、コピペとExcelだけで。材料さえあれば、そんなに難しいことではありません。プログラミングが教育課程に組み込まれている現代であれば、自由研究のテーマにすらできそうです。
MLBでは、たまに助っ人外国人関連でご紹介しているBaseball savantさんをはじめ、これよりはるかに細かいデータが網羅されており、ファンのデータへのアクセシビリティという点でNPBは大きく後塵を拝しています。
もちろん、我々一般人では知る由もない複雑な背景があるのでしょうけど、いちファンがデータにアクセスできるチャネルが増えれば、それだけ関心を持つファンも増えるでしょうし、その中の優秀な人間がやがてプロのアナリストとなり、野球界の発展に貢献しれくれるかもしれません。テレビや芸能事務所を介さずとも、youtubeという媒体を通して大金を稼ぐ才能豊かなyoutuberがたくさん世に出てきたように、優秀なアナリストの卵に可能な限りどんどん栄養を与えてあげてほしいです。
私自身が楽しみたいというのも当然ありますが、スワローズさんが投じたこの一石が、やがて大きな波となり、ベースボール大国アメリカに負けないIT野球を生み出す契機になることを願ってやみません。他の11球団、特に埼玉西武ライオンズさん、お願いしますよ!!!
今回は以上です。お付き合いいただきありがとうございました!