Lions Data Lab

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捕手のリード力の数値化に関する考察(後編)

こんにちは、DataLab管理人です。

 

親しみやすいハンドルネーム的なものを考えてみたのですが、センスのない私にはあまり良いものが思い浮かばなかったので、とりあえず呼びやすさ重視でサイト名の頭文字を並べてLDLと名乗ることにします。以後、よろしくお願いいたします。

 

さて、前回の記事「捕手のリード力の数値化に関する考察(前編)」はいかがでしたでしょうか。あまりにも文章がダラダラと長くてギブアップしてしまった方も多かったかもしれませんが、今回の後編はデータ中心で短めにまとめるつもりなので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。

 

目次は下記の通りです。

 

見逃し三振奪取率の高い捕手は?

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 前編の末尾にて、2020年のNPBにおける捕手の見逃し三振奪取数ランキングを掲載しました。そこで触れた通り、現代野球では捕手の併用が当たり前になっているので、奪取数だけで比較してしまうとどうしても正捕手が有利になります。そこで、まずは奪取数を奪取率に変換するために、対戦打者数で割ってみることにしましょう。打率と同じ考え方ですね。

 

 さぁ、ご自身の好きな捕手は、15人中どのあたりにランクインするでしょうか?結果を見る前に、予想してみてください。

 

 そして、その結果がこちらです。

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 奪取数に続いて、奪取率でもホークスの甲斐がトップとなりました。一方で、奪取数では2位だった西武の森友哉は、なんと一気にブービーの14位までランクダウン。

 

 二人とも出場試合数は104でランキング対象選手内最多ですが、他の捕手が併用のため70~80試合が多く、対戦打者数が甲斐や森より少なくなるため、順位にかなり変動があったようです。それでもここまで差がついてしまうのは面白いですね。

 

 さらに興味深いのは、必ずしもチームの防御率の序列とは一致していないという点です。トップの甲斐が手綱を握るホークス投手陣のチーム防御率はリーグ首位、脅威の2.92で、リーグ2位のロッテに0.89もの大差を付けて順当なように思われますが、そのリーグ2位のロッテの正捕手として92試合に出場した田村は、なんと最下位です。

 

 同様に、奪取率2位木下の所属する中日は防御率がリーグ4位、奪取率3位太田の楽天防御率がリーグ5位です。他は割愛しますが、見逃し三振奪取率とチーム防御率にはあまり相関はなさそうですね。

 

甘いゾーンにしぼってみると?

 でもちょっと待ってください。

 

 前編でも述べたように、上記の見逃し三振には、ど真ん中の「打ってください」というものから、ゾーンいっぱいの見逃し三振まで様々なものを含んでいるため、このままだと投手の制球力や打者の選球眼、球審のジャッジといった外乱に大きく依存してしまっているかもしれませんね。

 

 そこで、捕手の球種選択により打者の意表を突いた価値・ウェートを大きくすべく、「きわどいストライク」は除外した数値を出してみたいと思います。

 

 何をもって「きわどい」とするかに明確な答えはないと思うので、とりあえず私の主観でキリの良い縦横外側2割のゾーンを「きわどい」と定義し、そこから内側に収まったボールによる見逃し三振のみを対象として、改めて奪取率を計算してみました*1

 

 ゾーンのイメージと算出結果は下記の通りです。

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 はい、またしても甲斐が首位に。甘いコースでも見逃し三振を奪えてしまうのは、ここでの考察通り甲斐のリード力のなせる業なのか、どの投手も息をするように150キロを超えてくる投手陣のスピードに手が出ないせいなのか。いずれにせよさすがといったところです。

 

 面白いのは、トータルゾーンの奪取率でブービーに沈んだ森が、ゾーンを狭めることで3位まで再浮上してきたところですね。厳しいゾーンを除外すると順位が上がるということは、それだけ西武投手陣が厳しいゾーンで見逃し三振を取れていないということです。うーん…。

 

 西武ファンという立場でこんなことを言うのもたいへん心苦しいのですが、勝ちパターンのリリーフを除けばあれだけボロボロだった、チーム防御率リーグ最下位が定位置になりつつある投手陣をリードして、甘いコース球でも見逃し三振を奪ってきたリードはもう少し評価されても良いのかもしれませんね。

 

 また、若月とは対照的に打の捕手のイメージの強いオリックス・伏見も2位にランクイン。個人的に結構意表をついた、良く言うと型破りなリードをしてくる印象があるので、それと数値が一致しており納得感があります。

 

 森の浮上以外にもう一つ興味深いのは、厳しいゾーンを除外したことで、上位がほとんどパリーグ勢、下位がセリーグ勢に綺麗に分かれたことです。セパの投手の違いについての選手インタビューで、パリーグにはパワーピッチャーが多く、セリーグの投手は細かいコースを突いてくる」というのをよく聞きますが、そのコメントの後半を裏付けるようなデータになっていますね。

 

見逃し三振を多く奪えている球種は?

 では、甲斐と森というある意味対照的な二人が、どのような球種で見逃し三振を奪ってきたのか、その内訳を見てみましょう。(ゾーン80%)

 

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 二人とも、かなり幅広い球種で見逃し三振を奪っているのがわかりますね。出力前の予想では、甘めのゾーンの見逃し三振は「変化球待ちのところに速球が来て手が出ない」というイメージが強かったので、ストレートが半分程度というこの結果は少し意外でした。

 

 ただそうはいっても、よく見ると森の場合はストレートに加えてツーシーム・シュート・カッターを含めると約3/4が速球系なので、イメージ通りなのかもしれません。一方で全てのランキングでトップに立った甲斐は、甘めのゾーンに限定しても実に万遍なく多彩な変化球で見逃し三振を奪っており、ハイレベルかつバリエーションに富んだ投手陣の力を見事に引き出しているのがわかります。ただ単に変化球待ちのところに速い球をズドンと要求して見逃し三振を稼いでいる、というわけではなさそうですね。

 

 また、ホークスには石川やモイネロといった縦に大きく割れるカーブを決め球として使える投手がいるのも大きそうです。カーブ使いというと、かつて西武にも岸がいましたが、今では宮川くらいしか思いつきませんからね。余談ですが、Twitterで何度も書いている通り、松本航はカーブでカウントを稼げるようになれば楽々二桁勝てると思ってますので、今季は密かにそこを期待しています。

 

カウントによる重み付け

 最後はカウントごとに重み付けをしてみます。どういうことかというと、0-2とフルカウントでは、打者のストライクに対する狙いのイメージが変わってくることが予想されるためです。

 

 ボール球を3つ使える0-2と、ボールを投げたらフォアボールになってしまうフルカウントでは、ストライクに対する構え方が違うのは容易に想像がつきますよね。球審も「3球勝負はそうそうしてこない」という先入観を持っているせいか、事実としてこちらのDELTAさんの記事でも、0-2からではストライクを取られにくいことが明確に示されています。逆にフルカウントであれば、少しでも打者の狙いの中にフォアボールのイメージが入り込み、追い込まれているとはいえ多少甘い球でも見逃しやすくなってしまう可能性があります。実績のない若手によくみられる光景ですね。

 

 本稿は、「打者の狙いを外すこと=リードが上手い」と定義しているので、このカウントの要素も重み付けしていきましょう。

 

 重み付けの手順としては、80%ゾーンの見逃し三振の総数の中で、各ボールカウントの割合をもとに、希少価値に従って設定していくことにします。試合に勝つための価値という意味では、球数が3球で済む0-2からの見逃し三振を最も高くするべきなのでしょうが、では最低6球を要するフルカウントからの見逃し三振の2倍の価値があるかと言われれば恣意的な印象が否めないので、今回は機械的に希少価値で整理していきます。最も希少価値の低いものを1として標準化し、他を計算していきます。

 

 たとえば、見逃し三振が合計10個あり、0-2からのものが1つ、1-2からが2つ、2-2からが3つ、3-2のフルカウントからが4つだとしたら、最も希少価値の低いのはフルカウントになるので、0-2からの見逃し三振の価値は4/1=4となります。

 

 この考え方に従って設定した重み付けは、下表の通りです。

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 意外にも、0-2よりもフルカウントからの見逃し三振の方がわずかながら希少価値が高いことがわかりました。面白いですね。

 

 とりあえずほどよく自然な数値になったので、このまま次に進みます。

 

 各捕手の各ボールカウントにおける見逃し三振数に上記の重み付けをした結果が、こちらです。

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 順位にそこまで変動はなく、やはり甲斐が圧倒的ですね。それも、2位から14位までの差が0.58なのに対して、2位と0.65もの差をつけてのトップです。重み付けをする前の奪取率以上に傑出しているのは驚異的ですね。

 

 リードについてはファンから厳しい声が上がりがちな我らが森友哉も、この指標で最終的に堂々の3位にランクイン。もちろんこれだけをもって「森のリードはNPBで3番目に上手いんだ!」なんて主張する気は毛頭ありませんが、この結果を見るまで「森がこの順位にいるわけがない」と思っていた方は、少しは印象が変わったのではないでしょうか。

 

 今季オフは、せっかく作ったこのランキングの妥当性を検証するために、フジテレビ系S-PARKの恒例企画であるプロ野球100人分の1位において、「リードの上手い捕手」も守備とは別に取り上げていただきたいところです。

 

まとめ

 いかがでしたでしょうか。

 

 リード力の数値化という難しいテーマでしたが、論理展開の方向性は最初から見えていたので安易な気持ちで書き始めたものの 、考えれば考えるほどドツボにハマって、「せっかく書き始めたのだからなんとか形にはしよう」という気持ちと「こんな生煮えみたいな記事を世に放つのは、プロアマ問わず捕手に失礼じゃないか」という気持ちの葛藤がありました。

 

 ゆえに、これだけの長文を読破してくださった読者の方には言い訳がましくて申し訳ないのですが、「この指標がリード力なんだ!甲斐のリードはすごくて、會澤のリードはダメなんだ!」なんて胸を張って申し上げる気はさらさらございません。

 

 今回お示しした「80%ゾーンにおける重み付けをした見逃し三振奪取率」という指標は、前編で述べた前提条件が正しいと仮定したうえで初めて意味を持ちます。打者に打率、打点、盗塁といった多種多様な指標があるように、今回ご提示したものも捕手の様々な特性のうちの一つを数値化したにすぎません。

 

 打者の反応を重視する捕手もいれば、投手の良いところを引き出すのを優先する捕手もいますし、データを信じてフル活用する捕手もいます。どれが優れているというわけでもありません。

 

 今回は「打者の狙いを外す能力」をピックアップしましたが、試合の本質的な目的を考えるとそれが重要なのは間違いないと思います。ただし、投手のその日の良い球を優先的に使うタイプの捕手であれば、狙われていることを承知のうえで使うケースもあるでしょう。そして、そのまま抑えてしまうこともあります。それは紛れもない正解です。その捕手は、そのスタイルで試合に起用されるまでの信頼を得たのでしょうから。狙いを外すことは重要ですが、全てではありません。

 

 また、読者の方から「投手の投げる”間”も見逃しを誘発できる」というご意見をいただきましたが、バッティングの本質はタイミングであることを考えると、至極ごもっともなご意見だと思います。

 

 今後もそういったご意見や気づきをもとに、アイデアが浮かび次第奪三振力と同様にアップデートできればと思います。

 

 以上です。お付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 今回は図らずも、前後編合わせて1万字にも及ぶ大作になってしまったので、次回は特に解釈とかは必要ない、ライトな記事を考えております。引き続きお付き合いいただけますと幸いです。

 

 今後とも、よろしくお願いいたします。

*1:スポナビさんの一球速報のソースコードを見ればわかりますが、捕球位置は縦横の座標で描画されているので、それを元に計算・抽出しました